なぜ東南アジアに住もうと思ったのか?

事のはじまりは・・・

2012年11月26日17:30
外資系金融機関で営業職をしていた私shindoは、強制的に人生の岐路に立たされました。

それは急遽招集されたタウンミーティングで、会社から一方的に通達されました。

曰く・・・、
「当行の日本個人営業部門は撤退することになりました」
「当支店は2013年5月31日をもちまして閉店となります」
「日本の成長性とアジアの成長性を比較し、成長性の高いアジアへ経営資源を集中させるためです」
「会社の経営判断で決定したことです」以上!

事実を告げるだけのあっさりした説明・・・。
半年前、某銀行が日本撤退を発表した際、支店長から「当行は絶対に撤退しません!お客さまにもそのように伝えてください」との社内メールが流れていなかったっけ?″絶対”という文言は銀行員の辞書にはないのに使ってよかったの?
日本とアジアの成長性の比較って・・・、日本進出した2005年時点で比較してなかったのか?!すでに明白に分かっていたことでは?
支店の開設目的だった日本の個人金融資産1,400兆円を取り込む経営努力は何かしたっけ?
つい先日のプレスリリースでサスティナビリティの取り組みを語っていなかったっけ?金融機関という公的立場から、これからも継続的にアジアの発展に貢献します!って・・・。アジアから日本は切り捨てるっていうこと?

などなど、疑問点は多々ありましたが、とにかく「経営方針の転換で決定した」の一点張り・・・。
前々から「最近の管理職たちの動きは、もしや撤退?」と社員同士では囁き合ってはいたのですが、これが外資系企業の経営というものなのだなぁと改めて思い知らされたのでした。

そして、ここから、私の人生が大きく変わっていくのです。

バリ島旅行

日本撤退の発表の三日後、2012年11月29日。

私はバリ島におりました。バカンスです。
半年後に会社が無くなるのになんたる悠長なとお思いかもしれませんが、3か月も前に予約をしておりキャンセルすることも出来ず、無理を承知で強行したのでした。逆に、もし無職になってしまったり、転職をしたばかりでは、当分海外旅行も出来ないかもしれないという思いもありました。

加えて、1米ドル=82円程度の円高だったということも決行の理由でした。こんなに円高の時に海外旅行が出来るのも当分ないかもと考えたのです。お買い物のメリットもさることながら、旅行代金も格安だったんです・・・。

当時、長らく1米ドル=70円台後半の円高で膠着していたドル円相場は、11月14日、野田内閣が突如として衆議院の解散表明を発表したことにより、政権交代による金融政策および経済政策変更の期待だけでするすると5円程度円安方向に進んでいる最中でした。

余談ですが、その後のドル円相場は、政権交代後のアベノミクスと外国人が名付けた政策により一方通行に円安が進み、2013年5月には何の根拠もなく期待だけで103円台まで円が売られたのもつかの間、その期待が一気に剥落して95円前後まで買い戻されるという展開で今(2013年6月)に至っています。(私は仕事で、このようなお話を毎日毎日お客さまへお伝えしていたんです・・・。今はもう出来ないけれど・・・T_T)

旅行が終わって感じたことは、やっぱり強行して正解だったなぁ・・・というものでした。

とは言え、出発直前の”会社無くなります”発表で、何となくどんよりとした気分・・・。加えて、早急に出来る限り多くのお客さまへの撤退のおしらせをせよという業務命令による激務と、急に寒くなった東京の気候と、機内の乾燥とで風邪をひき、更にどんよりとした気分・・・。

楽しい初バリ旅行のはずが、最悪の気分でスタートしたのでした。

バリ島旅行_出発

旅行出発3日前に会社がなくることを知らされ、その後の2日間でお客さまへ電話を架けまくって第一報とおわびをし、ヘトヘトかつ憂鬱な気分で旅行は始まりました。そして、そんな私に追い打ちを掛ける災難が・・・。行きの飛行機で風邪をひきました・・・。もうフラフラです・・・。

こうして初冬の東京から真夏のバリ島へ、ぐったり旅ははじまりました。

H.I.Sのツアーだったので空港にお迎えが来ているはず・・・。
来てました。現地添乗員さん。現地の方っぽいです。
でももちろん日本語で説明をしてくださいます。かなり片言ですが、まったく支障はありません。

ホテルのチェックインも添乗員さんが親切丁寧に日本語で説明してくれます。片言だけど。
明日からのオプショナルツアーの送迎や日程の説明も日本語でしてくれます。やっぱり片言だけど。

そして現地添乗員さんは帰って行きました。私たちもお部屋に落ち着きました。明日からオプショナルツアーが結構びっちり入ってます。こんなことなら入れなければ良かったと思いつつも、せっかく来たし、いろいろ見てみよう!と思いながら就寝。旅行1日目が終わりました。

バリ島旅行_2日目

旅行2日目はオプショナルツアー。
「ウブド、ウルワツ観光、ケチャックダンス&ジンバランシーフードディナー DFSショッピング付き」
とっても盛りだくさん・・・。風邪ひき48歳の老体に鞭打ってスケジュールをこなします。といっても、移動は新車に近いワンボックスカー、運転手さんとH.I.Sの現地添乗員さんと私たち二人だけ、乗っていれば目的地には着くし、段取りも添乗員さんが日本語で説明してくれます。片言ですけどね。

片言だけど充分事足ります。彼はその片言の日本語で、仕事の任務を充分果たしいます。言葉は単なるツールのひとつで、完璧でなくても全然支障ないんだなぁと思いました。

添乗員さんに「日本語どこで習ったの?」と聞いてみました。
曰く、バリ島で独学で!

バリ島のレストランで働いてたら日本人のお客さんがたくさん来ていて、そこで自然に日本語を少し覚えた。日本語を覚えればツアーガイドの仕事ができるようになるので、自分で日本語の勉強を始めた。ガイドの試験を受け、合格してツアー会社の社員になった。・・・とのことでした。

!!!

私、日本で何年英語の勉強してたかなぁ・・・。中高、短大で8年!英会話スクール通算3年!!合計11年!!!だけどまったく話せない・・・。

そんな反省をしつつ、更に風邪が悪化しつつ、旅行2日目も無事(?)終了しました。ジンバランで食べたBBQディナー、風邪で鼻がおかしくなってまったく味がしなかったけどね。熱があるっぽく、本当にフラフラだけどね・・・。

バリ島旅行_3日目

旅行3日目はホテルでまったり・・・。
今回の旅行、お泊りはコンラッドのスイートだったので、ホテルライフも楽しまなければ!と思い、1日だけ何も予定を入れていませんでした。

正解です。もう、本当に、本格的に風邪をひきました。何年も熱なんて出していなかったのに・・・。完璧に高熱が出ている雰囲気です。根性で治そうと思い、ひたすら寝ていました。でも、せっかくの旅行なのにという思いが強く、お部屋ではなく、ビーチサイドのガゼボという名のあずまやにマットと枕があってひねもすゴロゴロできるところで。せめてもの抵抗です。

このガゼボ、健康だったら当然もっと楽しめる素敵な場所で、ホテルのカゼボ係の方が、バスタオルとミネラルウォーターとフルーツを持ってきてくれます。ちなみにここまでは無料です。そして目の前はホテルのプライベートビーチです。別料金でドリンクやランチもオーダーできます。ほんと、素敵!!

そんなリゾート然としたかなり素敵なシチュエーションで、私は風邪を治すべく、ひたすら汗をかこうとバスタオルを頭からかぶり寝ていました。

・・・だけど、治らない!すごーくだるいし喉が尋常じゃないくらい痛い!!無理!!!
数時間後、部屋に戻って寝ました・・・。

バリ島旅行_ホテルのクリニック

3日目のつづき・・・。

お部屋で寝ていましたが、当然すぐには治りません。
明日は「バリハイ ビーチクラブクルーズ&スパ(120分)」のオプショナルツアーが入っています。

もう、意を決して、ホテルのクリニックに行くことにしました・・・。大丈夫かなぁ・・・。とにかく抗生物質を処方してもらおうと思いフロントで「Japanese staff please」と在席中であることを心に祈りながら言いました。

しばらくすると来ました!来ました!!日本語の話せるホテルマン。少し安心、でも、どの程度?片言だったどうしよう・・・。

大丈夫、彼の日本語はかなり流暢でした。さすが、コンラッド!超一流ホテルです。

まず「保険に入っていますか?」と聞かれました。流暢。
風邪の症状と抗生物質を処方してほしい旨、ちゃんと通じています。医師の先生に伝えてくれます。
薬の飲み方と安静にして冷たいものを飲まないようにとの注意を説明してくれました。ほんとに流暢。
チェックアウトの時にメディカルレポートと領収証をもらって保険請求するよう説明してくれました。もうまったく日本人並に流暢。

私、またまた質問しました。
「どこで日本語を習ったの?」

曰く、「国の制度を使って日本で2年間働いていました」

彼は、日本で研修生として三重県桑名市の鉄工所で働きながら、週末名古屋の日本語学校に通学して日本語を習得したのでした。たった2年間で・・・。そして帰国後コンラッドの日本語スタッフとしてホテルマンになったのでした。アクセントもボキャブラリーも添乗員さんより数倍上級です。私の普通のスピードの日本語を、普通に理解していました。

!!!!!

ここでデジャブです。私、何年英語習ったっけ?そう、11年です。
だけど、まったく話せないんです・・・。

バリ島旅行_残りの日程

処方してもらった抗生物質を飲み、ひたすら寝て、何とか旅行を続行できました。

4日目「バリハイ ビーチクラブクルーズ&スパ(120分)」→ビーチサイドでぐったり
5日目「カルマ・クリフサイドスパ アット カルマ・カンダラ H.I.S.オリジナルメニュー カルマ・クリフサイド・エスケープ (120分)」
→ビーチサイドでぐったり&スパでぐったり

5日目夜に深夜便で日本に帰国しました。4泊6日の旅でした。
文章でこのように書いてみるととても豪華な旅だったように思えますが、ツアー料金+オプショナルツアー料金の合計で13万円でした。安いですよね?ハワイで同等クラスのホテルに泊まったら3倍くらいになるのでしょう。円高とインドネシアの物価安のおかげです。

ずーっとビーチサイドでぐったりしていましたが、いろいろ考えることができた旅でした。

バリ島旅行から得たもの

会社がなくなるという衝撃の事実が発覚した直後に強行したリゾートへの旅で出会った人々は、私のキャリアカウンセラーだったようです。思い切って外国に住んだり、コツコツと外国語を勉強すれば道は開けてくることを教えてくれました。東京という砂漠のような乾いた都会で、眉間にしわを寄せてお金を稼いでキャリアアップを目指すことだけが成功ではないということを、彼らは私に教えてくれたのでした。ありがとう!バリ島!!

会社は日本から撤退します。なぜなら日本に将来性がないから。
私は仕事がなくなり、転職活動をしなくてはいけません。でも日本にはいい仕事がありません。なぜなら日本経済が成長していないから。

片や成長著しいインドネシア・バリ島。至る所で工事をしていました。ショッピングセンターがオープンしていました。中心街の道は至ることで工事中で、海の上にも道を作っていました。渋滞は年々ひどくなるようですが、走っている車は新車ばかりでした。バイタリティの溢れる人々が生き生きと働いていました。ガイドさんもホテルマンも、英語、日本語、インドネシア語を操ります。DFSの販売員さんには、日本人には日本語で、中国人には中国語で、韓国人には韓国語で話しかけ、一体何か国語が話せるの?という人もいました。

バリ島の方々からパワーをもらった私は、突然決心しました。
そうだ、会社が日本から撤退するなら、私も日本から撤退しよう!私、東南アジアに住みます!!と。
そう決心させてくれた旅行になったのでした。